張り紙禁止のパラドックス|ショートショート

哲学・思考実験・パラドックス

張り紙禁止のパラドックス

 張り紙禁止のパラドックスというものがある。
 「この壁に張り紙をしてはいけない」と書かれた張り紙が壁に貼られていたら、それは許容されるのか否かというパラドックスだ。

 張り紙の禁止を促す文言自体が、張り紙となり景観に影響を与えている。
 これは一つの矛盾であり皮肉でもあると思う。張り紙禁止するという秩序自体がその場の秩序を乱しているからだ。

 清掃員のアルバイトをしている僕は、今その張り紙禁止のパラドックスに直面している。
 このマンションはエントランスの入り口にきちんと掲示板があるのだが、いかんせん奥まっていて見えにくい。
 このため慣習として、エレベーターの入り口にある壁に張り紙が貼られることが多い。この壁はエレベーターを待つ住人の目に留まり、かつ壁に凹凸がなく掲示物が張りやすい。

 しかしながら、この壁は掲示板ではない。管理人は必要があれば掲示板を使うように度々促しているのだが、なかなか改善されない。今日この壁には、すでに二枚の掲示物が勝手に貼られている。
 一枚は地域の少年野球クラブへの勧誘ポスター。素人がパソコンで作ったような簡易なポスターだ。
 そしてもう一枚は小学校のPTA集会の告知。日時と場所と内容がA4用紙に簡単に油性マジックで書かれている。
 どちらもセロハンテープで壁に直接貼り付けられ、なんとも景観を損なっている。

 当然、僕がここに張り紙をすれば張り紙禁止のパラドックスとして矛盾する。しかし、こうやって掲示物をそのままにしていては、秩序が乱れる一方だろう。
 僕はため息を吐きながら、まずは二枚の掲示物を剥がして捨てる。そして油性マジックで「ここに張り紙をしないでください」と簡易に書く。あまりこういうことはしたくないのだが、仕方のないことだ。
 そして次の週、僕はマンションの清掃アルバイトをクビになった。
 理由は二つあって、一つはマンション住人の掲示物をアルバイトの立場で許可なく勝手に剥がして捨てたこと。そしてもう一つの理由は、勝手にマンションの壁に油性マジックで「ここに張り紙をしないでください」と書いたこと。矛盾はしてないが、秩序を乱してしまったということなのだろう。

テキストのコピーはできません。
タイトルとURLをコピーしました