空気を読めない僕と世話焼きの彼女

オムニバス(エッセイ風小説)

空気を読めない僕と世話焼きの彼女

 空気を読むことが苦手で、人とのコミュニケーションが苦手な僕は、社会で生きていく際の不具合が多い。
 それでも僕がなんとか社会の中で生きていけてるのは、彼女のおかけだと思う。
 社会の常識や人とのコミュニケーションに必要な作法が欠如している僕に、彼女はいろいろなことを教えてくれる。

言ってくれればわかること

 その人にとって、物事はいくつかに分類される。

 言われなくてもわかること。
 言ってくれればわかること。
 言われてもわからないこと。

 多くの人は、言われなくてもわからなければならないことがあると言う。
 察することが大切だと。

 一部の人は、言われないとわからない奴は、言ってもどうせわからないと言う。

 社会の常識や人の心について、正直、言われてもわからないし共感できないことはたくさんある。
 けれど言ってくれればわかることだってある。

 多くの場合、他人は言ってくれればわかることを言ってくれない。
 言われなくてもわからないといけないことが多いのが世の中だと思う。

 けれど、言われなくてもわかるためには、言われて気づく経験が必要だと個人的には思っている。
 だから言ってくれればわかることを言ってもらえないということは、ある意味孤独なことだと思っている。

僕と彼女の出会い

 彼女は世話好きなのか(僕と同じで)変わり者なのか、僕にいろいろなことを教えてくれる。僕が言われないとわからないことを彼女は言ってくれる。

 彼女と付き合い始めたのは大学の頃だった。
 恋人の関係になってくると、また違った互いの側面が見えてくる。付き合う前に何か自分を装っていたわけではないのだけれど、それでも互いがより親密になる中で、僕の素のようなものが出てきたようだ。
 彼女は僕の常識のなさや人間関係の認識の仕方について指摘してくれるようになった。
 始めは申し訳なさそうに、オブラートに包んで言ってくれていた。しかしそれでは伝わりにくく、ストレートに言ってくれても僕が気にしないということがわかるにつれ、彼女は次第に直球のアドバイスをしてくれるようになった。

 彼女が僕に教えてくれたことの一つに、買い物中の振る舞いについての事柄がある。僕は店の物をカゴに入れたあと、戻し過ぎているらしい。
 僕はスーパーなどで買おうかなと思った品物をとりあえずカゴに入れてしまう。そしてあれこれ悩んだ後に本当に買う物を決めて、それ以外は陳列棚に戻す。買おうかなと思う物をリストアップして吟味していくということだ。うっかり買う物を忘れたり、無駄遣いをしないために、僕はこのやり方はわりと合理的だと思っていた。彼女にも初めの頃そう説明した。
 しかし彼女に言わせればそれは気持ち悪い、あるいは不自然な行為なのだそうだ。誰だって一度手に取った商品を棚に戻すことはある。けれどそれが僕の場合は異常なほど多いのだという。
 基本的に会計を済ませない限り店の物はまだ僕達の物ではない。人は他人が手に取った商品を自分が買いたいとはあまり思わない。

 彼女からそういうことを教えてもらった後に、僕はとりあえず品物を一旦カゴに入れてしまうことをやめてみた。正直、僕にはその意義がわからなかったし今までと違う買い物の仕方だから違和感はあった。
 しかしそれも続けていくうちに自分に馴染んできた。そして驚くことに、商品を棚に戻すことをやめると、今度は自分や他人が一度手に取った商品を棚に戻すことが気になり始めた。商品を棚に戻すことが申し訳なく感じ始めた。自分が買うならできれば他人が振れていない商品がいいなと思い始めた。
 彼女と接する中で、僕が腑に落ちた価値観の一つがそれだった。

 僕と彼女の日々は、こんなふうなことが起こっている。

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