君達の瞳に乾杯
男は洒落たレストランで女性と乾杯をしている。
男が浮気をするのはこの女性が初めてだった。
これが浮気であることは、正直男もわかっている。しかし男は少し自信過剰になっていた。
大学時代こそ地味な毎日を送っていたものの、就職して何年か経つと経済的な余裕も出てきた。モテ期というものを男は信じていなかったが、最近になってそれもあるのかもしれないと思ってきた。
男は都心で働いているものの、取引先との関係で地方に行くことも多い。浮気相手の女性とはそこで知り合った。自分に恋人がいることを、男は黙っていた。年下で純粋そうな彼女が、遊びの恋愛に付き合ってくれるとは思えない。そして男はもちろん本来の恋人にも彼女のことは黙っている。
二人の女性に嘘をつくには、それなりの機転がいる。しかし男は抜け目がない。仕事柄ということもあるが、男はたまたまスマホを二台持っていて、女性に合わせて使い分けていた。これで一方に他方とのやりとりを見られることはない。浮気の証拠に挙がるのは、だいたいがスマホだ。
「付き合うとき、お互いの価値観ってすごく大切って思うの。私の場合は暴力を振るう人と浮気をする人は絶対ダメ。そう思わない?」浮気相手の女性は言った。
「僕もそう思うよ」男は言った。
明日も仕事が早い。そういう理由で男は浮気相手の女性と一晩泊まることなく帰宅する。
男は恋人と半同棲のような生活を送っていた。家に帰らない日があると怪しまれるだろう。
男は車を走らせて帰宅する。途中でコンビニに寄り、トイレに入って自分の顔を見る。
彼女の口紅が気のせいかもしれないが淡く自分の口に付いている気もした。男は念のため濡らしたティッシュで口元を拭く。
そして男は車に乗り込む。走り出す前に、カーナビの履歴を確認して、今日のレストランの履歴を消去する。スマホの履歴を気にするのに、カーナビにまで意識が行かない男が時々いる。それだと女性が助手席に乗った時点でアウトだ。
「お疲れ様。遅かったね」帰宅すると男の恋人は言った。
「ごめん、待っててくれたのかな?」男は言った。
「そうかも。まぁ、ドラマ見てから寝ようかなってのもあったけど。仕事忙しい?」
「ぼちぼちだね」
「そっか。あんまり無理しないようにね」
「ありがとう」
「ねえねえ」
「うん?」
「なんで顔にラメ付いてるの?男の人って、そういうの気づかないよね」
女性の目に、男はいつも完敗するものだ。