ショートショート女子(4) しゃべらない子

オムニバス(ショートショート)

第3話「字が書けない子」

第4話「しゃべらない子」

「娘は、初めての場所だとなかなか喋らないんです」
 イズミちゃんが初めてここに来た日、イズミちゃんのお母さんはそう言った。
 私はその言葉に違和感があったけれど、初対面の保護者に知った顔で指摘するのもどうかと思い、胸の内だけで言葉にする。
 この子は、喋らないんじゃなくて、喋れないのではないか。
 そう思って見てみると、イズミちゃんはいつもうつむいていて自信がなさそうだ。同時に、他者に理解されないことに疲れて諦めている気もする。

 小学校三年生のイズミちゃんは学校ではほとんど話さないらしい。最低限の意思表示は首を振ったり単語で答えているようで、基本的には黙って学校で過ごしている。家ではもう少し話すのだが、両親はイズミちゃんと年々コミュニケーションの取りづらさを感じているらしい。
 成績は問題なく、先生の言うことも聞けているので学校ではそこまで問題視されていない。というか、学校にはもっと問題視される子はたくさんいる。

 問題視されない問題を抱えている子達。そういう子達は時折ここを訪れる。イズミちゃんもそういう子の一人だった。

 イズミちゃんがここに来るようになって数回目。イズミちゃんは本棚の手前にある長椅子で絵本を読んでいた。そこへずかずかと入っていくミツキちゃん。ミツキちゃんはイズミちゃんの隣に座るが、その距離感が幾分近い。その長椅子はミツキちゃんがよく座る椅子で、ミツキちゃんが座った位置はいつもミツキちゃんが座る位置だった。イズミちゃんはちょっとだけ座り直して、ミツキちゃんと自然な距離感を取る。

 ミツキちゃんはバックパックから文庫本を出して黙って読み始める。イズミちゃんは目の前に突然現れた、少し変な女の子に圧倒されている。その場から立ち去ろうとも考えたが、バックパックにつけらたピエロのキーホルダーが目に入り思わず注視してしまう。その大きな古いキーホルダーは、ミツキちゃんの黒いバックパックに付けるにはどうにも不自然で、目立っている。
「これね、ここをこうすると、ピエロの目が開くんだよ」イズミちゃんの視線を察して、ミツキちゃんは話しかける。「やってみる?」ミツキちゃんは言う。
 ミツキちゃんに圧倒されてか、言われるがままにイズミちゃんはピエロの目を開けたり閉めたりする。
「名前は?」唐突にミツキちゃんは言う。「名前、なんて言うの?」
「イ、イズミ」ピエロを差し出されたかと思ったら、今度は急に質問をされミツキちゃんのペースに飲まれるイズミちゃん。
「漢字は? 私はミツキ。三月って書いてミツキ」
 ミツキちゃんはそう言いながら椅子の座面に指で「三月」という字と「ミツキ」という字を書いて見せる。圧倒されながら、同じように座面に指で漢字を書くイズミちゃん。
「え、イズミって一文字じゃないの? こっちなんて書いた?」ミツキちゃんは聞く。
「こ、心」イズミちゃんはぼそぼそと答える。

「あの子さぁ」
 イズミちゃんと話してしばらく経って、今度は半個室のスペースに来たミツキちゃん。私はそこで書類仕事をしていたのだが、対面する椅子にどかっと座り口を開く。
「話すときよく言葉が詰まるよね。たぶん体質なんだろうね。それが自分でも嫌なんだろうね。上手く喋れないから、喋ろうとしない」
「喋れないから、喋らない」私は繰り返す。
「そう」ミツキちゃんは言う。
 喋らないでも、喋れないでもなくて、喋れないから喋らない。そうかもしれない。ミツキちゃんは、私よりも幾分解像度が高くイズミちゃんを見ていたようだ。そう思うと、私もイズミちゃんのお母さんと同じように、イズミちゃんのことを決めつけていたんだなと思った。




第5話「母がいない子①」

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