小学校を卒業するということ

連載小説

本編

小学校を卒業すること

 卒業式。
 普段とは違う服で、普段とは違う一日。
 正直、校長先生の話や卒業証書を友達が受け取るのを待っている時間は退屈で、卒業式は僕の中で思ったよりも「ただ座っているだけの時間」だった。何かを思ったり、何かを考えたりすることも少なく、ただぼーっと時間が流れた。

 式が終わって、僕達は校門でしゃべったり写真を撮ったりする。

 クラスの誰かは写真を笑顔で撮っている。
 クラスの誰かは別れの日に涙を流している。
 見たことがあるようなないような、友達の親。
 咲ききっていない桜。

 今日でこの学校で過ごすのも終わりなんだ。
 そのように思うと、やっぱり少し寂しい気もする。
 けれど、こんなものだろうという気持ちもあった。
 きっと七年生や八年生があってもキリがない。
 いつか環境は変わっていくし、僕達は大人になる。
 だから六年間という時間は、ちょうどよくも思える。
 それに、クラスの多くは同じ中学に行く。そして中学では別の小学校からの生徒もいる。
 今より増えた同年代と、新しい場所で過ごすこともきっと悪くはないだろう。それが楽しい時間かどうかはまだわからないけれど。

「写真撮ろうよ」
 僕が友達と話し終わって、少しだけ手持無沙汰になったタイミングで、高橋はそう言った。
「いいよ」
 僕は言った。僕の両親は別の親と話していて距離がある。高橋の親は、どこにいるのだろう。そういえば僕は高橋の親がどんな人か知らない。いずれにせよ、なんとなく、写真を撮るときに親が近くにいないといいなと思った。
「ちょっと待ってね」
 高橋はそう言って近くにいた女子に声をかける。スマホをあずけ、写真を撮ってもらう。僕達は大勢で写真に写るのではなくて、二人だけで写真に写った。みんないろいろな人といろいろな組み合わせで写真を撮っている。だから不自然でない気もしたし、やっぱり少し恥ずかしい気もした。
「スマホ持ってたんだ」僕は言った。
「うん。でも買ってもらったばっかり。浅田は持ってないの? LINEとかしてない?」高橋は言った。
「持ってない」
「そっか。スマホ買わないの?」
「どうだろう。中学になったら、買うかもしれない。連絡できないと不便だし」
「ふーん。じゃあさ、買ったら電話してよ。それでLINEしよ」
 高橋はそう言って、僕は「うん」と答える。高橋はメモ帳に自分のスマホの電話番号を書き、そのメモを僕にくれた。
「家って、遠いの?」
 僕は聞く。高橋は春休みの間に引っ越しをする。そして僕達の校区とは違う校区になり、違う中学に通う。
「どうだろう。私もよくわからなくて。でも中学が違うから、たぶん遠いんじゃないかな」
「そっか。でも西中なら、こっちと一緒で駅には近いんじゃないかな」
 高橋は「そうだね」と言う。僕達は互いに「どうだろう」と「そっか」ばかり言いながら、ダラダラとした話をする。まるで自分以外の誰かが物事を進めてくれることを期待しているみたいに。
 僕は卒業式の後、両親と食事に行く約束をしていた。親の呼ぶ声がする。そろそろ時間で、この声に応じなかったら、親はもう少し積極的の声をかけてくるだろう。
「それじゃあ。えっと、卒業おめでとう」僕は言った。何を言えばいいかわからなかった。「元気で」も何となく違うし、「じゃあね」もそっけない気がした。
「なにそれ。浅田もじゃん」高橋は笑う。
「そうだね」僕は言う。
「浅田もおめでとう。元気でね」
 高橋はそう言った。「元気でね」はなんだか違う気がしていたけれど、高橋からそう言われると適切な言葉である気がした。人から言われて納得できることって、ある。
「うん、ありがとう。高橋も元気で」

 僕達はこうして卒業し、別々の中学に通う。

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