ワニのパラドックスとは?(自己言及のパラドックス)|ショートショート

哲学・思考実験・パラドックス

ワニのパラドックス

ワニのパラドックスとは?

 ワニのパラドックスと言われるものがある。人食いワニのジレンマとも言われる。
 不思議の国のアリスで有名な、ルイス・キャロルが書いたものが有名とされる。
 概要としてはこのようなものだ。

 ある人食いワニが、母親から赤ん坊を奪った。そしてこう言った。
「今から俺が何をするか言い当てたら、赤ん坊は返してやる。もし言い当てられなかったら、赤ん坊は食ってしまうぞ」
 すると母親は愛してる我が子を心配しながらこう言った。
「あなたは赤ん坊を食べてしまうでしょう」
 この言葉を母親が言ったことで、ワニは赤ん坊を食べることができなくなってしまった。

 なぜならワニが赤ん坊を食べようとすれば、それは母親がワニのすることを言い当てたことになるので、ワニは赤ん坊を返さなければならない。
 逆にワニが食べないという選択肢をしたら、それは母親がワニのすることを言い当てられなかったことになり、ワニは約束通り赤ん坊を食べようとする。しかし食べようとすればそれは結果として母親がワニの行動を言い当てたことになり赤ん坊を返さなければならない。

 このように、ワニは自分の言葉に対して合わせ鏡のような矛盾に陥ってしまう。
 こういった類のパラドックスを自己言及のパラドックスと言う。
 もちろん、ワニがこういった理論に納得し行動できる理性的な者であればという話だが。

 このパラドックスの教訓は、個人的にはこういうことだと思う。
 最悪の事態を直視することは辛いが、最悪の事態を想定することでそれを回避できることもあるということだ。
 母親は「自分の赤ん坊がワニに食べられる」という最悪の事態と向き合うことで、結果としてその最悪の事態を避けることができた。

 この教訓を僕自身に活かした場合、僕の今の状態において最悪の状態とはなんだろう。
 それはつまり恋人と浮気相手どちらも失うパターンだ。

 浮気が疑われた僕は、彼女に携帯を見せるように迫られている。
 ここで浮気をしていないとあがくこともできるが、おそらくは無駄になるだろう。
 言い訳がましいことをして彼女の信頼を失うよりは、最悪の事態を回避したほうがいい。

 僕は携帯のロックを解除し、すぐにLINEを開いて文字を打つ。
 送信前のメッセージを彼女に見せる。
 浮気相手へのメッセージだ。別れ話と、今後はもう会わないということの宣言。
 僕はそのメッセージを彼女の目の前で送り、そして同時に浮気相手のアカウントを削除した。これでもう、浮気相手と連絡を取る手段はない。

 そして僕は彼女に言い訳をせずに謝った。
 どんなに謝罪してもなかったことにはできないことをしてしまったこと。
 出来心とはいえ君を深く傷つけたこと。
 二度とこの子には会わないし、連絡もとらないということ。
 そして願わくば、君とやり直したいという気持ち。

 彼女はもちろん笑顔にはなってくれなかったが、「そこまで言うなら」という言葉はくれた。

 彼女の気持ちに僕はホッとする。
 なんとか最悪の事態は免れたようだ。

 浮気相手を一人失ったが、他の複数名の浮気相手のことはバレなくて、本当によかったと思う。

ワニのパラドックスの教訓

 浮気の騒動があって数日後のことだ。朝起きると、彼女は静かにリビングに座っていて、僕が来るのを待っていた。その日はお互いに仕事が休みで、前日から彼女は僕の家に泊まっていた。
 全然反省していないみたいね。
 彼女は冷たい口調で僕にそう言った。「え?」という言葉しか僕は返せなかった。リビングのテーブルにはなぜか僕の携帯がある。彼女は僕の浮気相手の名前を複数挙げ、私達の関係はもうおしまいと言った。
 どうやら僕が寝ている間に携帯をこっそり確認したらしい。ロック画面の解除のパスワードは、一人目の浮気がバレたあのとき、注意深く見ていたらしい。

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