「このはしわたるべからず」はどうしたら|ショートショート

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このはしわたるべからず

 このはしわたるべからず

 ある日、橋の前にそのような立札が作られていた。
 これは困ったものである。この橋は村の多くの人が通る橋で、この川を越えるための橋はこのあたりではここしかない。
 橋を通りたいところだが、多くの人はその場で立ち止まる。「このはしわたるべからず」と書いているのだから、妥当な判断と言えるだろう。本心では橋を渡りたいが、立札がある以上、そうするほかない。

 多くの人間がそう判断する中、いっきゅうさんは考える。頭の中で「このはしわたるべからず」という言葉の意味をゆっくり咀嚼する。
 隣にいる人達は興味津々だ。この状況、どのように考えても橋は渡れないじゃないか。そう思いながらいっきゅうさんを見守っている。

 ほどなくして、いっきゅうさんは閃いた。頭の上の電球が光り、ピコんと子気味の良い音を鳴らす。いっきゅうさんが問題を解決した証拠である。
 何をするかと思いきや、いっきゅうさんは橋を堂々と渡り出したではないか。
「ちょっとちょっといっきゅうさん、この橋は『このはしわたるべからず』と書いてあるじゃないか」
 いっきゅうさんの隣にいた人が慌ててそう言った。
「いや、違うぞ」別の人間が口を開く「見てみろ、いっきゅうさんは橋の真ん中を歩いている。つまり、『このはしわたるべからず』の通り、端を渡らず真ん中を渡っているんだ。いっきゅうさんは、『はし』を『端』と解釈したんだよ」

 人々は「なるほど」と言い、落胆する。今回のバージョンのAIも、立札を自動で正しく認識することができなかった。
 周囲の状況を自動で判断し、適切なルートを行き来するロボット「イッキュウ」のバージョン3。通称「行来3(イッキュウサン)」。
 今回の実験は「平仮名で書かれている内容でも、状況や意図を察して正しく解釈できるか」を見るものだった。橋の前に「このはしわたるべからず」と書いていれば、そりゃあ普通は「この橋渡るべからず」だろう。どうやらこの「いっきゅうさん」のAIでは、まだまだ実生活での導入は厳しそうだ。例えば災害時に怪我人をおぶって移動する際、渡ってはいけない橋を無理矢理渡ってしまう危険性がある。

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