結論を先に言わないめんどくさい人

オムニバス(ショートショート)

結論を先に言わない人

「すみません、じゃがいもはありますか?」
 近所のスーパーで私はそう言った。一通り店内を探してみたのだが、じゃがいもが見当たらないのだ。
「じゃがいもですね。じゃがいもをなんに使う予定です?」店員は言った。
「カレーを作ろうと思って」私は答える。
「カレーを作る際にじゃがいもは必ず用いるわけではありません。もし必要なら、じゃがいもを使わないカレーのレシピもお伝えできますが」店員はそう言った。
「お気遣いありがとうございます。ただ、今回はじゃがいもを使ったカレーを作ろうと思っているので」
「失礼しました。じゃがいもを使わないカレーのレシピはご存じなのですね」
「まあ、はっきりと知っているわけではないのですが、なんとなくはわかりますので。それで、じゃがいもは置いてありますか?」
「なんとなくでは、実際にいつか作る際に戸惑いますよ。ご存じの通り、料理は実際にやってみて気付くことも多いので。店内にレシピのフリーペーパーがありますので、やはり差し上げますよ」
「それはまた検討します。じゃがいもはありますか?」
「先延ばしの検討は良くないと思いますが」
「じゃがいもはありますか?」私は店員の言葉を遮ってたずねる。
「じゃがいもの種類は何にしましょうか?」店員は言った。
「メークインがあればいいのですが、別の物でも結構です」私は答える。
「カレーにメークインを入れるのですね」
「はい。煮崩れしにくいとネットで見たので」
「確かにメークインはじゃがいもの中でも煮崩れがしにくい品種です。しかし、例えば男爵など煮崩れしやすい品種もカレーには合うんですよ。煮崩れしやすい品種はルーにとろみを加えてくれますので。要するに具材が溶け込んだカレーを作りたいか、具材の形をしっかり感じたいカレーを作るかで使い分けることになるんです。ネットの知識だと端的に『カレーにはメークイン』のように書いているサイトもあるかもしれません。しかしそれは本当の意味で正確ではないんです。カレーにどのようなじゃがいもの品種がいいかは『状況や意図による』が答えなんです」
「それで、じゃがいもはあるんですか?」
「品種はメークインですか?」
「とにかくじゃがいもがあるかを聞いているんです」
「どのくらいの量を購入予定で」
「じゃがいもが、『ある』か『ない』かを教えてください」私は先程よりも強く言葉を遮り言った。
「失礼しました。あいにく先日の台風でじゃがいもの生産が追いついておらず、まだ入荷していません」
「どうも」私はそう言って店員から離れた。
 なかなか面倒な店員だった。結論を全然先に言わない。最後も「『ある』か『ない』かを教えてください」と言ったのに、「先日の台風で」という言葉を付け足してくる。
 私が少々うんざりしながらお店を出ようとすると、別の店員がこっそり話しかけてきた。
「お客様、申し訳ありません。ちょうど今じゃがいもが入荷しましたのでいかがでしょうか?メークインをお探しでしたよね」
 その店員はずいぶんとてきぱきした印象を私に与える。「ありがとうございます」と言って私はじゃがいもを受け取り、レジで会計をする。

 なかなか不思議なやりとりをやって私は家に帰ってきた。
 しかしまあ、あれだなと私は思った。
 会話の内容が「じゃがいも」だと、「結論を先に言わない不毛さ」が実にわかりやすい。
 これが仕事になると多くの人が結論を先に言わず理屈をダラダラ話す。
 先程のじゃがいもの店員は、他人ごとではないなと私は自分の肝に銘じた。
 他人が探しているじゃがいもの居場所を答えられない人は多い。
 だからこのじゃがいもは、ある種の教訓・象徴なのだ。

 私はそう思いながら買ってきたじゃがいもを眺める。
 そして気づく。これはメークインではなく男爵だ。
 私は少しうんざりする。二人目の店員は、品種を勘違いしていたのだ。
 私はもう一つの教訓を理解する。
 結論を先に言わないことは不毛だ。しかし端的に結論ばかり言う人は、物事を簡単にとらえ過ぎて間違ったり勘違いしていることがある。
 私達は結論から言うという簡潔さを大切にする一方で、他人の安易な答えにばかり飛びついてはいけないのだ。

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