自分の気持ちを正直に言えなかった

オムニバス(エッセイ風小説)

自分の気持ちを正直に言えなかった

 自分の気持ちを正直に言えなかった。
 自分の気持ちを打ち明けることができなかった。
 自分の気持ちを、吐き出すことができなかった。

 誰かに思いを伝えること。
 誰かに気持ちを話すこと。
 誰かに悩みを相談すること。

 それが大切なことはわかっている。
 それでも私は自分のことを話すことができなかった。

 きっとそれは、ある一つの物事を打ち明けられなかったというよりは、
 日常の小さな「理解してもらえないだろう」の積み重ねだったのだと思う。
 日頃の小さな「話しても意味がない」の積み重ねが、いつしか私に言わないことを選択させたのだと思う。

 言っても変わらないし、言ってもしょうがない。

 別に周りを憎むわけでも自身が憤るわけでもなく、
 ただただ私は力が抜けたように、ここで自分のことを言えなかった。

 誰かに自分の気持ちを打ち明け、衝突したり言葉を交わしながら互いを理解していく。
 そういう紆余曲折を、ここではしなくていいやと思ってしまった。

 理解してもらえないではなく、
 理解してもらわなくていいやになってしまった。

 それが悲しいことだということは、なんとなくわかる。
 結局私は、自分がいるこの場所に、自分の心を置くことができなかった。

 悩みがあっても悩みを言わない。
 思いを聞かれても思いを言わない。
 私が発する言葉は、私とは違う言葉。

 穏やかに日々を過ごし、募っていく思い。
 声を荒げることも、涙を流すこともないけれど、そこで私は自分の気持ちを溜め込んでいく。

 それは良くないこと。
 正しくないこと。
 わかっているけれど、私は話すことを諦めてしまった。

 自分の気持ちを聞かれて、自分の気持ちを言わなかったとき、私は自分の気持ちを言わないことに慣れてしまった。

 人と人はそれぞれ違う。
 わかっていたことだけれど、
 私はうまくそれと折り合うことができなかったのかもしれない。

 私は私の気持ちをもっと早く打ち明けるべきだったのに、ここではそれはしなくていいやと思ってしまった。それはとっても悲しいことかもしれないのに。

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