伏線だらけの異世界転生(5) コーヒーの席

オムニバス(ショートショート)

第4話「ヒカリの中で」

第5話「コーヒーの席」

 店の騒動のときも魔物が出たときも、泰然自若としてるフウちゃん。きっと私より年下なのだろうけれど、とても大人びている。
「また魔物が出るとヒカリが危ないから、私も今日はここに泊まる」
 宿屋に着くとフウちゃんはそう言った。
「それがいいかもしれないね」ツキは言った。
「じゃあ、あとはよろしくな」ミナトも言った。
 こうして男性陣は部屋に戻っていった。

「ありがとう。ごめんね」私は言った。
「どうして謝るの?」フウちゃんは言う。
「だって私守られてばっかだし。それに、フウちゃんのほうが年下なのに。あ、いや、私自分の歳わかんないからたぶんって話なんだけど」
この世界で年齢なんて関係ないわ。魔法を使える人が魔物を倒す。ただそれだけ。それぞれの役割があるだけよ」
「ありがとう」
「とりあえずお風呂にでも入ってきたら? 私はあとで入るから気にしないで」
「うん」

 誰もいない大浴場で私は入浴を済ませる。お風呂に入ると身体だけでなく心もいくぶんすっきりした。今日一日いろいろなことがあって、心も混乱して疲れていたんだなと改めて思った。
 部屋に戻るためロビーを通ると、ピアノの音がした。そういえばこのロビーにはピアノが置いてある。ピアノを弾いているのはフウちゃんだった。
 弾いている曲はなんて曲なのだろう。わからないけれど、自然と私は涙を流していた。
「居たのね」曲を弾き終わり、振り向いたフウちゃんは私に言った。「大丈夫?」
「うん。大丈夫。フウちゃん、ピアノ上手だね。感動しちゃった」私は言った。
「そう? ほんとはこの曲を聞いたことがあるんじゃないの?
「どうだろう。わかんないや」
「とりあえず、座ったら」
 ロビーのソファーに視線を向けてフウちゃんは言う。ロビーには片隅にお茶を淹れられるスペースが設けてあった。
「何か飲みましょ。コーヒーでいい?」
「ありがとう。でも、もう夜だから紅茶にしようかな」
「ヒカリのそういうとこ、好きよ。気を遣わず、正直に話してくれた方がこっちも楽だわ」

 誰もいないロビーで私達は温かい飲み物を飲む。私は紅茶でフウちゃんはコーヒー。フウちゃんがカフェインを摂っているのは、夜中に魔物が出てきても大丈夫なようにかな。
「フウちゃんってすごいね」私は言った。
「どうしたの、急に?」
「テーブルを壊してた男の人にも意見を言ってたし、魔物が出ても怖がってなかった。大人だなって」
「そんなことないわ。役割があるだけよ。この世界の人と異世界の人が出会う場所。そこの手伝いをするのが私。そしてパーティに加わる。そう教えられたし、そのために魔法も教えられた。それを全うしてるだけよ」
「それがすごいよ。私は自分の役割すらわかってない」
「ミナトがこの前言っていたわ。ここと違って、俺達の世界ではみんな『何者にでもなれるように』いろんなことを教えられる。けれど多くの人は結局『何者にもなれない』って」
 ミナトの言葉を引用したフウちゃん。人が人の言葉を引用するときは、自分もそう思っているとき。そんな気がした。

 私は紅茶を一口飲み、少し目を閉じる。この世界で、私は何をするのだろう。
 例えば誰かと戦ったり、
 大切な人を失ったり、

 誰かと恋に落ちたり、
 世界の核心に触れたり、
 希望を感じたり絶望を感じたり、
 記憶を取り戻し自分のことを知ったり戸惑ったり、

 するのだろうか。
 そして私は、元の世界に戻ることができるのだろうか。

「そろそろ寝ましょうか」フウちゃんは言った。
「うん」私は言う。「フウちゃんも寝てね。カフェイン摂ってまで起きてそうで、ちょっと心配」
「お風呂に入ってぐっすり寝るわよ。それにこれ、カフェインレスよ。ヒカリと一緒で、夜にカフェイン摂ると寝れないの」
 フウちゃんはそう言った。それが子供っぽくも見えたし、飾らない感じがやっぱり大人っぽくも見えた。


続く(後日公開予定)

伏線だらけの異世界転生(目次とプロローグ)

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