第2話「フクセンの魔法」
右手で持ち上げたマグカップには心地良い重さがあり、中のカフェオレは温かい。この世界の飲み物の味が、私の世界のそれと大して変わらないことにとりあえず安心する。
私を助けてくれた青年はツキという名前だった。
私達は町を歩いてしばらくして、近くにあったカフェというか酒場に入っている。私の記憶は戻っていない。とりあえずツキは私にこの世界のことをいくつか教えてくれた。私が居た世界とこの世界の違いは、大きく二つある。
一つは魔物がいること。もう一つは魔法があること。
魔物と魔法。だったら私はこの世界を救う勇者なのだろうか。私がふとそんなことを妄想していると、ツキは言った。
「実は君みたいに他の世界から来た人間はけっこういるんだ」
ツキによると、この世界に来る人は一定数いて、この町の宿屋はそんな人達を介抱する役割を担っているらしい。なるほど、だから私は彼に助けられたのか。
「ねぇ、その魔物と魔法ってどんな」
「魔法も使えねぇクズが俺に命令すんなよ」
私が話していると突然向こうの席からそんな声がした。どうやら客と客が口論になっているらしい。自分の力を誇示したい言わんばかりの、ガタイのいい男。男は立ち上がり、右手でテーブルを殴る。テーブルはあっという間に粉々になった。いくらガタイがいいとはいえ、素手であんな力が出せるだろうか。
「あれが魔法。袱閃(ふくせん)だよ」ツキは小声で私にそう教えてくれた。
「えっと、何? フクセン? え、伏線?」私は聞く。
「袱閃。魔法の種類というか仕組みかな」ツキは言う。
「人の店でなにやってるの」
魔法を使う男に客も店員も恐れる中、一人の少女がそう言いながら割って入る。私が宿屋の窓から見た、あの少女だ。勇敢にも男を止めるため、左腕を掴もうとする。それを察した男はカッとなって右手で少女を突き飛ばした。加減はしたのかもしれないが、やはり魔法の力で少女は勢いよく吹き飛ばされた。飛ばされた方向は私達の方で、ツキは少女を受け止める。
「大丈夫かい?」ツキは言った。
「誰かと思えばツキじゃない。あなたが連れてるってことは、その子は異世界の魔法使い?」
「え?」私は言った。
「まあ、そんなところかな」ツキは言った。
「いずれにせよ、あれが魔法、『袱閃』だよ」ツキは私に説明する。「袱閃は自分に秘めたルールを課すことで魔力を増強させる。彼もおそらく何らかの見えないルールを設けることであれだけのパワーを手に入れてるんだよ」
私達が小声で話していると、男は客にもう一度威嚇するために別のテーブルを壊そうと拳を振り上げる。
「ルールって、例えば『右手でしか殴らない』とか? あの人さっきから右手ばっかり相手に向けるよね」私は思い付きを口にした。
そのとき、男が振り下ろした拳はテーブルに触れるが、テーブルは壊れることなくそこにあった。
「君、よく人を見ているね」ツキは私に言った。「袱閃はルールを見破られると力が急激に弱くなるんだ」
私は思った。それって要するに、ネタバレってことか。