伏線だらけの異世界転生|ショートショート

オムニバス(ショートショート)

伏線だらけの異世界転生(目次とプロローグ)

伏線だらけの異世界転生

 雨が窓を打つ音で目が覚める。知らない部屋の知らないベッドで眠っていたようだ。なぜ僕はここにいるのだろう。
 上半身を起こし部屋を見渡せば、椅子に座った青年がいる。歳は僕と同じくらいだろうか。青年は読んでいた文庫本を閉じ、こちらに顔を向けて微笑んだ。
「起きたみたいだね。何があったか覚えてる?」青年は言う。
「いえ」僕は言う。
 そう言われてみれば、眠る前の出来事どころか、僕は自分のことも断片的にしか覚えていない。僕は誰だろう。これは記憶喪失?
「そっか。僕はちょっとした事情でこの旅館の手伝いをしていて、君は今日の朝、入口のところで倒れていた。僕が知っているのはそれだけ」
「すみません」
「謝らなくていいよ。それにかしこまらなくてもいい。歳も同じくらいだろうし。あ、自分の年齢は覚えている?」
 僕は少し考える。僕はいくつだろう。
「いいよ。無理に思い出そうとしなくて」青年は言った。
 僕は起き上がり窓から外を見る。石畳の道に並ぶ露店。僕は覚えていないことが多いけれど、それでもここが僕の知っている世界とは違う世界であることがわかった。僕は異なる世界に来たようだ。異なる世界。つまり異世界。
 町を眺めていると、ふと目をひく少女が居た。少女はこの建物から少し離れたカフェのような店に入っていった。
「歩けそうなら、少し町を見てみるかい? 案内するよ。記憶の手掛かりになるかもしれない」青年はそう言った。

「ご両親も心配しているだろうね」町を歩きながら青年は言った。
「母親はそうかもしれない。でも父親はどうだろう。父親は僕が小さい頃に出て行ったきりなんだ
 僕の記憶はやはり断片的だ。覚えていないこともあれば、覚えていることもある。
「ごめん。聞き過ぎたね」青年は言った。
「気にしなくていいよ。むしろ聞いてくれた方が、思い出す手がかりになる気がする」僕は言った。
「そっか。じゃあ、失礼ついでにもう一つ。君は女性だけれど自分のことを『僕』って言うんだね。それは君の記憶の手掛かりになるかな?」青年は言った。
 僕はそう言われて気づく。私は、女だ。


第2話「フクセンの魔法」

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