【1分ショートショート】怖い話、無料

オムニバス(ショートショート)

怖い話、無料

怖い話、無料。

 その日は疲れていて、暗い路地を一人で歩いていてた。
 突然現れる髪の長い女。僕の目をのぞき込み、僕に語り掛けてくる。
 それが僕が覚えている記憶の最後。気を失ったように、僕はそれからのことをよく覚えていない。
 僕が目を覚ましたときにあるのは、きらびやかなテーブルに置かれた桁数が多い領収書。
 酔った勢いだったとはいえ、こんなにするものなのか。入店は無料だからと言われたのに、結局ぼったくられてしまった。怖い話だ。


怖い話、無効。

 本当は朝にゴミを出さないといけないけれど、朝バタバタするのが嫌だからダメとわかりつつも私は夜にゴミを出す。
 ある日の朝、自分のゴミだけ中身を開けられていることに気づいた。猫の仕業かなと思った。
 別の日の朝、自分のゴミだけまた開けられていた。ストーカーかなと私は気持ち悪くなった。
 また別の日の朝、自分のゴミだけまた開けられていた。ゴミ袋は再度結ばれていたが、よく見れば一度開けられていることはわかる。警察かなと私は怖くなった。あと少しで、分割した死体を全て捨て終えるのに。


怖い話、無能。

 無能な人間ほど怖いものはない。別に自分が有能だと言いたいわけじゃない。
 やる気のある無能は良かれと思ってやったことが裏目に出て、周りがそれの尻拭いをする羽目になるという話だ。
 部下の鈴木君はその典型で、今日も営業先のA社でトラブルを起こした。鈴木君はこのあとB社にも訪問予定だが、このまま鈴木君に任せるわけにはいかない。トラブルが増えればそれこそ手間が増える。
「もしもし、鈴木君? 今A社からB社に向かっているところかな?」僕は鈴木君に電話をかける。
「はい。課長。すみません。ちょっと今立て込んでまして」鈴木君は慌てた様子で言った。
「いや、状況は聞いているよ。対応はこちらでするから。B社のことも大丈夫だから、鈴木君はまずは早急に会社に帰って来てくれ」
「いや、しかし」
「大丈夫だから。とにかく帰って来てくれ。今は何もしなくていいから」
 私はまくし立てるように言って電話を切った。思わずため息が出る。とにかく今は鈴木君に行動させないほうがいい。余計にややこしくなってしまう。私はA社に向かう準備をする。
 そのあとしばらくして、妻がひき逃げによる交通事故で死んだことを知った。人通りの少ない道であったのだが、目撃者が一人だけいたことが監視カメラの映像でわかった。目撃者の男性は電話をしていたようだが、結局救急車も呼ばずその場を立ち去ったらしい。

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