【1分ショートショート】心が温まるような

オムニバス(ショートショート)

温かさ

愚痴を聞いてあげること

「あんな言い方、ひどいって思わない?」
 家に帰って、妻はまた仕事の愚痴を言い、僕はそれを聞く。
 家に帰ってまで仕事の話もどうかと思うが、ある意味で僕達には仕方のない展開かもしれない。
 社内恋愛の末に結婚した僕達は、嫌でもお互いの仕事の内容や周囲の人間関係がわかってしまう。共働きならなおさらだ。
 妻は会社の不満や愚痴を言い、僕はそれを聞く。
 人は共感してほしい生き物だ。たとえ目の前の問題や理不尽さが解決しなくても、「自分の気持ちを共感してくれる人」がいると心が軽くなるものだ。
 僕と似たような不満や苛立ちを妻は感じ、それを言語化してくれる。僕は「僕のように感じる人は他にもいる。僕は一人じゃないんだ」と感じることができる。救われているのは妻ではなくむしろ僕の方なんだなと気づいたのは、妻と知り合ってしばらくしてからだった。


子離れに傷つく親

 娘が生まれたばかりの頃、僕は娘の頬にキスをして、愛していると抱きしめた。
 娘が保育園に通っていた頃、僕は娘の頬にキスをして、愛していると抱きしめた。娘は「お父さん大好き!」と言ってくれた。
 娘が小学生になって、僕は心の中で娘にキスをするのはもうやめようと決めた。遅かれ早かれ、娘はいつか思春期に入り父親の存在を疎ましく感じるだろう。この子との距離感を大切にするのも、寂しいけれど親の愛情だ。
 しばらくして、「パパ、チューしてよ!」と娘は言った。「あなたは気を遣い過ぎよ」妻も言った。妻いわく、最近僕が娘にキスをしないから、娘は僕が娘のことを嫌いになったと勘違いしたらしい。
「そんなことあるわけないよ。大人になっていく中で、お父さんはキスをしないほうがいいかなと思ったんだ。大人になってもお父さんがキスしたら恥ずかしいだろう?」僕は娘に言った。
「そんなことない。パパ大好きだもん。大人になっても大好きだもん」涙目で娘は言った。
「勘違いさせてしまってごめんね。愛してるよ」僕はそう言って、娘にキスをして抱きしめた。
 きっと僕は、自分が傷つかないように、傷つく前に身を引くことはできないだろう。そう思った。僕は娘にキスをして抱きしめ、一緒に遊び会話をして、いつか娘のタイミングで疎ましく感じられる。
 子供がうんざりするくらい愛して一緒に居て、いつか子供のほうから距離を取り親がそれを寂しく思う。そんなふうにしっかり傷つくことも、親の役割なんだと今は思う。

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