ハムスターが亡くなる直前

オムニバス(エッセイ風小説)

ハムスターが亡くなる直前

歳をとったハムスター

 ハムスターが亡くなる直前は、食が細く、動きが鈍い。
 少なくとも我が家のハムスターはそうだった。

 歳を重ね、我が家に来たばかりの頃と比べると、若干毛並みが悪くなったようにも見えなくはない。それは加齢のためかもしれないし、体力が落ちて満足に毛づくろいをしていないからかもしれない。

 しかしそれでもハムスターの顔は以前と変わらず幼く見えて、いつまでも小さく可愛い子供のように見える。ハムスターの寿命で考えれば、充分に高齢なのだが。

 見た目が可愛いから、つい高齢であることを忘れてしまう。だからハムスターの死は飼い主にとって、唐突な出来事のように感じてしまうことがある。

 我が家のハムスターも、数日前に突然目に見えて食が細くなった。

フードを食べなくなったハムスター

 我が家のハムスターは普段ハムスター用のフードを食べている。生野菜やハムスター用のお菓子も時々あげるが、栄養バランスを考え量を調整している。

 数日前から、フードの減りが目に見えて落ちた。というかほとんど残っている。巣箱に隠していたフードを食べているのかとも思ったが、その様子もない。
 私はハムスターが好きだった生野菜や、ハムスター用のチーズをあげてみる。口元に近づけてみると、ハムスターは鈍く反応し、一口食べてまた顔をそむける。明らかに様子がおかしかった。

 私はフードを水でふやかし柔らかくする。ハムスター用の介護食として専用のゼリーも売ってあるが、我が家は買い揃えていなかった。
 私は柔らかくしたフードを木のスプーンに乗せて、ハムスターの口元に近づける。
 木のスプーンは娘と公園に行った帰り道、スーパーでアイスを買ったときにもらったスプーンだ。
 ハムスターは柔らかいフードを思ったよりも食べた。活発な様子はないが、それでも先ほどと比べると明らかに食が進んでいる。
 硬いご飯を食べられないくらい、弱っているんだな。
 私はそう思った。

最期の時が近づくハムスター

 それ以後、私と娘は通常のハムスターフードを少量と、それとは別に柔らかくしたフードをあげるようにした。
 同じ皿に入れるとわかりにいかもしれないから、柔らかいフードは別にした。
 割りばしの上に団子のように柔らかいフードをいくつか乗せ、それを巣箱の近くに置いておいた。

 しかし柔らかいフードも自発的に完食する様子はなかった。口元に近づければ、他のフードよりは食べる。しかし自ら動き、食べにくる様子は少なかった。

 ハムスターの行動範囲は減り、眠って過ごすことが多くなった。これもハムスターの高齢化と亡くなる前の特徴らしい。
 ハムスターは以前のように車輪で走ることもなければ、ケージの二階に行くこともない。夜になるにつれ物音がしていたケージは、すっかり終日静かだった。

動かなくなるハムスター

 ハムスターが亡くなる前日くらいから、ハムスターはケージの隅にうずくまってあまり動かなくなった。
 弱ったハムスターは巣箱の中に引きこもると思っていたが、そうとも限らないらしい。
 我が家のハムスターが弱々しくなった時期が、夏であったことも関係があったかもしれない。
 エアコンが効いている室内では、巣箱の中よりケージの隅の方が涼しく心地良かったのかもしれない。

 ハムスターは一日のほとんどをケージの隅で過ごし、遊ばなくなった。食が細く、フードはハムスターが「食べる物」ではなく私達が「食べさせる物」となっていった。

 ハムスターを撫でれば以前は俊敏に動いていたが、今はずいぶんと動きが鈍い。時折ビクッと身体を動かすことはあっても、大きく抗うことはなかった。

 ハムスターがひっそりと日々を過ごすようになって二、三日後、我が家のハムスターは亡くなった。

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