【ショートショート】メアリーの部屋のような少女は経験を知識で補完できるか

哲学・思考実験・パラドックス

メアリーの部屋のような少女

 メアリーの部屋と呼ばれる思考実験の類がある。
 スーパー科学者メアリー、マリーの部屋、スーパー科学者マリーなど呼ばれ方は様々だがいずれも同一のものと考えていい。

 白黒の部屋で白黒の物しか見たことがないメアリー。しかしメアリーは白黒のテレビを通してこの世の様々な知識を得ている。色というものが視覚的にどのような仕組みで認知されるかも全て知っている。
 では知識として「赤」や「青」を知っているメアリーが、この部屋の外に出て初めて「赤」や「青」を見たときに何か学ぶものはあるだろうか?

 メアリーの部屋の話は、知識だけでは補えない感覚や経験による知識があることを伝える例え話としてよく用いられる。
 掘り下げていけば小難しい話ではあるが、非常に興味深い話でもある。
 私達の生活に当てはめればつまりこういうことになる。

 人は知識でどこまで経験を補完できるのか?

 百聞は一見に如かずという言葉ある一方で、私達はこの世の全ての物事を自分で経験することは到底できない。賢者は歴史に学び愚者は経験に学ぶと言われるように、知恵や知識は私達の経験を助けてくれる。私達の知識は、どこまで私達のクオリア(主観による感覚や経験)を補ってくれるのだろうか。

 今、この白黒の部屋にはサリーと呼ばれる少女がいる。
 サリーはまだ幼いが、脳科学者であるレオナルド・カラー博士によって英才教育を受けていた。サリーは「赤」や「青」といった色彩を実際に見たことがないが、知識としてこれらの色を知っていた。サリーにとってメアリーの部屋の話は自身の人生そのものだった。

 明日、この部屋の扉が開けられる。カラー博士からそう言われたサリーは好奇心と不安を同時に抱いていた。明日、外の世界を見た私は、どうなってしまうのだろう。
 しかしサリーはそこで気づいた。この部屋は白黒だし、鏡もない。しかし赤い物が一つだけある。私の血だ。そのことに気づいてしまったサリーは、それを試さずにはいられなかった。明日を待てずに、色を、豊かな色彩を見てみたい。そんな欲求に駆られた。サリーは自身の指を噛んだ。そこから流れたのは、灰色の液体だった。

 翌日、白黒の部屋をカラー博士が開けると、そこには機械の臓器がむき出しになり壊れてしまったサリーがいた。灰色の血を見たサリーは、自分の中身を確かめずにはいられなかったのだろう。
 カラー博士はため息をついた。これでアンドロイドが自ら命を絶ったのは何体目だろう。
 メアリーの部屋を再現したいが、実際の人間を閉じ込めるわけにはいかない。そこでカラー博士はアンドロイドを使うことにした。しかし精巧な知能を作れば作るほど、その自我は自身の身体に知的好奇心を向けてしまっていた。

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