叙述トリック例と作り方
叙述トリックとは?
叙述トリックとは、小説や映画といった創作物における手法の一つである。
物語の書き方や見せ方を工夫することで、読者(視聴者)のミスリードを誘う。
言葉による説明ではいまひとつわかりにくいので、以下の例を示してみようと思う。
「彼との結婚を認めてほしいの」
「なんと言われようと、結婚は認めない」
「どうしてそんなに頑固なの?せめて彼に会ってくれてもいいじゃない」
「会う必要なんてない。ろくに仕事もせず、ミュージシャンを目指しているだって?実際の生活はどうするっていうんだ?」
「確かに彼は夢見がちなところはあるけれど、彼だって二人の今後のことを真剣に考えてくれてるの。だからお願い、彼に一度でいいから、まずは会ってみてくれない?」
「何度言われも結婚を認めることはできなし、俺は会うつもりもない。なあ、そんな奴と結婚なんて、よく考えてくれよ母さん」
上記の二人の会話は叙述トリックの例である。
多くの人は、読み始めは「結婚を認めない頑固親父とその娘」を想像したのではないだろうか。
しかし最後の一文から、実態が「恋愛体質なシングルマザーとその息子」であることが読み取れるだろう。
(「いやいや、オチには気づいていたよ」という頭の回転が速い人は一旦それを飲み込んで聞いてほしい。これはあくまで叙述トリックの例の話なのだ)
上記の文章は人物の描写を明確にはしていない。にもかかわらず、人は先入観で二人を頑固親父とその娘と勝手に考えてしまう。
このように、読み手の先入観を使って意図的にミスリードを誘うのが叙述トリックである。
叙述トリックの作り方
叙述トリックは何かを意図的に伏せることでミスリードを誘う。
このため何を伏せるかが叙述トリックを思いつくための出発点となる。
具体的に何を伏せるかは、5W1Hのいずれかであると考えておおむね差し支えないだろう。
つまり、いつ・どこで・だれが・なにを・なぜ・どのように、ということだ。
例えば「いつ」を使った叙述トリック。
これは時系列を伏せるパターンだ。読者に今の話と思わせておいて実は過去の話だったというのが典型例だろう。国内外で大ヒットした某アニメ映画はこのパターンに該当する。
「どこで」を使った叙述トリックは、場所のミスリードを誘う。
「だれが」は人物のミスリード。語り手が実は犯人だったというのはミステリー小説でよくあるオチだ。
「なにを」「なぜ」「どのように」これらも物語におけるトリックをミスリードさせる場合にしばしば用いられる。ただしこれらは叙述トリックというよりは伏線という印象が強いかもしれない。
いずれにせよ、叙述トリックは特定の描写をあえて伏せ、読み手の先入観を利用しミスリードを誘う。そして結末にて読者を「あっと言わせる」ことを狙うわけだ。そのためには伏せた部分の描写が矛盾しないよう、けれどオチに気づかれないような書き方の工夫が必要になる。
最後に、叙述トリックの例をもう一つ挙げてみたい。
不本意ながらも、結局は結婚相手と会うことになってしまった。自宅ではなくホテルのラウンジを設定したのは、わずかながらの抵抗だった。
「結婚をどうか許してください」
向こうが冷静で、まるでこちらが意地をはっているような空気感も癪に障る。
「申し訳ありませんが、結婚を認めるわけにはいきません」相手と距離を取りたいゆえに、こちらも敬語であくまで冷静に対応する。「大人の恋愛に口を出すのは野暮かもしれません。しかし結婚に賛成はできません」
「どうしてそんなこと言うの?今日反対されるってわかってるのに、それでも挨拶をしたいって言ってくれたのよ。私との結婚を真剣に考えてくれてるの」
「あなた、そんなに意地を張らないで、もう少し話を聞いてみたらどう?」
娘と妻の言い分は、内心自分でもわかっている。私は可愛い一人娘が嫁に行くことに、意地をはってしまっているのだ。
娘が結婚することに戸惑う父親の、よくある光景だ。何の変哲もない。
しかし、最初に紹介した叙述トリックの例のせいで、「さっきの話の続き」と誤解した人もいるのではないだろうか。