洗脳と学びの違い
洗脳と学び
情報を真に受けて洗脳されてしまう人と、
情報を吸収し学びに変えていける人の違いはなんなのだろうか。
私達は歳を重ねる中で、どうしても価値観が凝り固まってしまう。
だから柔軟に、素直に、物事を知り学ぶことは重要だ。
けれどそれは度が過ぎれば「洗脳」になってしまう。
つまり誰かの言っていることを真に受けて、極端で間違った方向に進んでしまう。
学ぶことと真に受けることは紙一重なのだ。
私達は、どのように物事を吸収していったらいいのだろう。
自分の頭の風通し
洗脳される人と、学びに変えていける人の違いは、おそらく自分の頭で考えることができるかということだ。
新しい知識や情報を鵜呑みにしないで、自分の中で咀嚼し、消化し、自分に馴染んだ形にする。
そして自分の頭で考える上で、自分の頭が風通しが良いかどうかも重要だ。
誰の意見も聞かず誰の意見も受け入れず、狭い自分の価値観の中だけで考えてもそれは狭い答えにしか行きつかないだろう。
自分の内と外、両方とつながることが大切だ。
洗脳されないために
私達は洗脳されないために、けれど新しい知見を得るために、風通しの良い自分の頭で考える。
誰かの知識をそのままにしないで、自分の中で咀嚼し消化し栄養とする。自分の頭や心に馴染ませる。
洗脳されやすい人は、ある意味で真面目だ。
誰かの知識をできるだけ誰かが言ったままで吸収しようとする。
けれど自分に合った知識でなければ、その知識は本当の意味で使えない。
洗脳されやすい人は、世界の中に唯一の正しさがあると思い込む。
けれど万能の知識などない。これさえ知れば幸せになれるという知識もない。
私達はそれぞれがたった一人の存在だから、得られる知識も自分に合わせなくてはならない。
洗脳されない人は、風通しの良い自分の頭で考えることができる。
もしもこのページの言葉をあなたが真に受けてしまうのであれば、あなたは洗脳されやすい人かもしれない。