四面楚歌の意味
四面楚歌とは、周りを敵に囲まれてどうしようもない状況を表す故事成語・ことわざだ。
四面から敵軍の歌声が聞こえたことがその由来らしい。
楚と漢の戦において、漢軍に追い詰められた楚国の項羽。
周りから楚の国の歌を歌う漢軍の声が聞こえる。項羽はこのとき楚の兵達が漢に降伏したのだと思い絶望したそうだ。
四面を敵に囲まれる。まさに八方塞がりで孤立無援の状態と言えるだろう。
そして四面楚歌には、その由来から考えるに、単に敵に囲まれるだけでなく、味方を失って頼れる者がいない孤独感も表しているように思う。
もちろん今の時代、戦で敵に四方を囲まれて、という状況を経験することは(少なくとも日本では)ないかもしれない。
けれど、「周りを見れば敵(味方ではない)だらけ」「自分は一人だという孤独感」を感じる人は少なくないかもしれない。
私達は社会の中で生きていて、それは時として(戦のような物理的な危険は及ばないものの)非常に残酷なものだ。
周りが自分を貶める敵で囲まれたり、頼れる人がいない孤独感を募らせることがある。
自分は一人なんだという孤独感。周りを見渡せば、「自分とは違う。同じじゃない」と感じる疎外感。
四面楚歌。
時代は変わっても、ある意味で普遍的な人の感情かもしれない。
例えば最近なら、インターネットでも四面楚歌を経験する人もいるのではないだろうか。
ちょっとしたきっかけで、自分に非難の嵐が押し寄せる。
心なり書き込み、批判、無責任な憶測。
そういったものが個人の心を追い詰める。
インターネットに限らず、実生活も似たようなものかもしれない。
いじめを苦に自殺する人は少なくない。
学校のいじめだけでなく、大人になってからのいじめだってある。
私達は時として、四面楚歌を感じる。
けれど、それは四面だろうか。
インターネットに書き込みをするのはごく一部の人間で、四面どころか一面ですらないかもしれない。
いじめられれば学校や会社を変わればいいのだが、当事者からすればつい目の前の空間が全てだと思ってしまう。
項羽は楚歌を聞いて自軍が降伏したと、「そう思って絶望した」そうだ。
私達は未来を想像し絶望する。けれどそれは本当に四面かはわからない。
四面楚歌。
もしも周りが敵だらけだと思ったときは、それは四面ではないし一面ですらないかもしれないと思えれば、もっと別の味方と出会えるかもしれない。