注文の多い料理店に行ってみた私
注文の多い料理店という宮沢賢治の童話がある。
山奥で、料理店のやたらと多い注文を聞いていた青年二人。
貴金属を外させたり、体を清潔にさせたり、客席に着く前にやたらと注文が多い。
しかしその注文は料理を食べる前の準備ではなく、人間が食べられる前の下ごしらえだった、という話だ。
子供の頃に知ったそんな童話を、今ふと思い出した。
今私は、注文の多い料理店に来ている。
まさか食べられるなんて非現実的なことはないだろうけれど、それでも少し恐怖感があった。
私達がふらっと入った山奥のカフェは、注文の多い料理店のようだ。
入り口から客席に入る間に廊下のようなスペースがあり、そこに注意書きがやたらと書いてある。
私物はこのロッカーにとか、上着はできるだけ脱いでおいてとか、極めつけは体を清潔にするようにいろんな薬剤が置いてある。
もちろんこの扉の向こうに、人間を食べる巨人がいた、なんてことはないだろう。
しかし、私は不審に思わずにはいられない。
大学生の女性二人が趣味の登山で登った山。その山奥にある小さな、初めて見るカフェ。
こんな山奥で拉致されたら、きっと誰からも見つけてもらえない。
心配しすぎなのだろか。けれど、これだけ身に着ける物をはずしていたら、すぐに逃げることなんてできない。
「ねえ、なんだか注文が多くない?」私は不安で友人に聞いた。
「そう?きっときちんとしたお店なのよ」
友人はそう言った。お店のことを好意的に捉えすぎて、目の前の異変に気づけていない友人。この展開もまるで童話の注文の多い料理店そのままだ。
友人は疑うこともなく店内へ続く扉を開けようとしている。
私はそれを止めることもできないまま、緊張しながら目を向ける。
「いらっしゃいませ」
友人が扉を開けると、にこやかに店員が立っていた。
「上着の着脱や手指消毒にご協力いただきありがとうございます。当店は感染症対策を徹底しておりますので、ご安心してお楽しみに下さい」