【ショートショート】三つの願い事

オムニバス(ショートショート)

三つの願い

怪しい電話

 佐藤に怪しい電話がかかってきたのは仕事を終えて帰宅しようと車に乗り込んだときだった。
 その声は最近流行りのパソコンで加工されたような不自然な声だった。
 「あなたの願いを三つ叶えましょう」声の主はそう言った
 「どちら様ですか?」佐藤は怪訝さを隠さずに聞いた。
 「私はあなたの願いを叶える者です」
 答えにならない返答に、仕事の疲れもあり佐藤はイライラした。もちろん電話を切ることもできたが、佐藤はそうしなかった。たぶん、声の主に対する気味の悪さよりも、ふざけたことを言われたことに対する怒りのほうが強かったからだろう。佐藤は声の主を遠ざけるよりも攻撃したい気持ちに駆られた。
 「だったら仕事で疲れているんだ。私が買えるまでに自宅にビールを届けてくれないか」
 佐藤は突き放すような口調でそう言って電話を切り、車のエンジンをかけた。

 家に帰ると玄関には包装された6本セットのビールが置いてあった。
 佐藤は驚いたが、何かの偶然だと思った。今日たまたま妻が買ってきてくれたのだ。佐藤は自分にそう言い聞かせてリビングに入った。
 「あなた、ネットでビール注文した?今日急に宅配便が来て。別にいいんだけれど、荷物が届くときは前もって教えてね」
 妻にそう言われて佐藤は言葉を失った。しかし我を取り戻し、
 「ああ、すまない。すっかり忘れてたよ」
 妻を心配させないように、佐藤はごまかした。

三つの願い

 次の日、再び佐藤に怪しい声の主から電話がかかってきた。
 「昨日はご理解いただくための特別なプレゼントです。しかしこれ以降例外はありません。あなたの願いを三つ叶えます。よくお考えの上お願いします」
 声の主はそういって説明を続けた。
 声の主いわく、三つの願いを何にするかは一週間後に聞くとのことだった。それまでに考えるようにと。
 そして、三つの願い事には条件が三つあった。
 一つは三つの願い事の前提を崩すことはできない。つまり、百個願いを叶えてほしいといった類のことはできないということ。
 二つ目は、現代の科学技術の範疇を超えないこと。例えば不老不死はできない。
 三つ目は、このことは誰にも言わないこと。家族や会社、警察などに言えば願いは叶えられない。

 佐藤は悩まずにはいられなかった。もちろんまだこんな馬鹿げた話は半信半疑だ。けれど、もしも本当だったら。

 一週間という時間があったこともあり、佐藤は自身の願いについて考えてみた。
 佐藤にとって、叶えたい願いはたった一つ確実なものがあった。それは、去年死んだ娘を生き返らせてほしいということに他ならなかった。
 佐藤は昨年、最愛の娘を水難事故で亡くした。その日は大雨で、佐藤の娘は風と視界の悪さから足を滑らせ川に落ち、不幸にも命を落とした。

 しかし、この願いは条件の二つ目に反する。死んだ人間を生き返らせることはできない。
 佐藤は悩んだ。三つの条件を満たす上で、娘のことで何か願いを叶えることはできないか。
 考えているうちに、すっかり真剣に願い事を考えるいる自分に気づき佐藤は自身を自嘲した。
 俺はどうかしているな。
 そう思った。そう思った矢先、佐藤はハッした。ひらめいたのだ。

約束の日

 「願いは決まりましたか?」声の主は言った。
 「ああ」佐藤は言った。
 「では、なんになさいましょう?」
 「ああ、ちょっと待ってくれ。決まっているんだが、なにぶん緊張するもので。ゆっくり言わせてくれ」
 「かまいませんよ」
 佐藤は電話を持ったまま深呼吸をする。
 そして、即座に家の鍵を開けドアを開け、家の中に入った。リビングでは、機材を使いながら電話をする妻がいた。予定よりも早い帰宅に、妻は驚いている。
 「ごめん、言ってなかったけれど、今日は早く帰ってきたんだ」佐藤は妻に言った。「願い事は、ないよ。いや、願い事がなくても俺は大丈夫だよ。心配かけてごめん。君だって辛かったのに、俺は自分が辛いばかりで周りが見えてなかった。君とこの一年間、ろくに話もしていなかった。これからは、二人で過去と向き合っていきたい」
 「それがあなたの願い?」妻は機材から手を放し、自身の声でそう言った。
 「うん。あ、じゃあ願い事は『ある』になっちゃうか」佐藤はそう言った。
 二人は笑い合った。

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