緊急の議題
「今日の会議は急遽だが、鈴木さんの退職後の業務の流れを確認したい」
会議の場で最初に部長はそう言った。
業務の引継ぎや流れ、減ってしまう人員の対応策などを話し合うとのことだ。
来月に退職する鈴木さん。
鈴木さんは仕事ができて人柄も良い優秀な人だ。鈴木さんがいたからこそ上手くいった仕事も多く、そのぶん鈴木さんが抜けた穴は大きい。
鈴木さんが退職した後のフォローをどうするか。
もちろん、鈴木さんがいる場でこのような話をすると、鈴木さんも気まずいだろう。だから鈴木さんが有休を取っている今日の会議で、ついこのような議題が出るのはある意味で必然かもしれない。
「A社との取引は今後田中さんが引き継ぐわけだが、引継ぎの状況は?」部長が聞く。
「はい。鈴木さんがマニュアルを作ってくれていますので大丈夫です。後日口頭でも補足していただく予定です」
田中さんはそう答えた。鈴木さんは丁寧な人で、自分の業務をきちんと記録・マニュアルに落とし込んでくれていた。
「それなら問題なさそうだな。では、会議の場ではあるがちょうど鈴木さんがいないので鈴木さんの送別会の話をしたい。幹事は佐藤さんでどうだろうか?」
「部長、佐藤さんはまだお子さんが小さいので別の人がいいのではないでしょうか?」田中さんが佐藤さんをかばうように言った。
「気持ちはわからなくはないが、飲み会の場所を決めるくらい大して手間はかからないだろう。それに幹事は持ち回りで、今回は佐藤さんが順番になっているはずだ」
私も含めみんな黙ってしまう。
誰かの退職に伴う業務の引継ぎは、確かに大事な議題だ。しかしその議題は早々に終わり今私達はなぜか飲み会の話をしている。そのせいで今日の本来の議題である「ハラスメントを防止する仕組み作り」を話す時間がなくなってしまった。
部長は知らないが、鈴木さんが退職する理由は半強制的に参加しないといけない飲み会の多さだった。露骨なパワハラとまでは言えないグレーゾーンで、頻繁に行われる飲み会。結婚を機に家庭の時間を大切にしたいと言っていた鈴木さんは、この春に退職する。
昨今はハラスメントに対するリスク管理が重要視されているから、部署内でも一度話し合う必要がある。
そういう婉曲な言い方で部長に角が立たないように話し合うつもりだったが、その時間は今日は取れなさそうだ。
話し合いのテーマに一番関係のある人が、一番話し合いの邪魔をしている。