僕に恋人ができた理由
僕なりの見解
僕に恋人ができた理由は、おそらく僕が自分の個性を出さなかったからだと思う。
高校二年の秋、僕に初めて恋人ができた。彼女は隣のクラスだった。
それまで特別に仲が良い関係というわけではなかった。しかし一年生の頃は同じクラスだったということもあって、合えばそれなりに会話をする仲ではあった。
彼女は非常に社交的で、友人も多かった。僕はどちらかというと賑やかな人間関係が苦手なタイプだった。要するに彼女は文化祭や体育祭を楽しめるタイプで、僕は言われたことだけをやって行事をやり過ごすタイプだった。
だから彼女のことは嫌いではなかったものの、タイプは違うなとは思っていた。お互いに会話はするが、根底の価値観は違う関係の浅い友達。あるいはクラスメイト。一年生のとき僕は彼女をそういうふうに見ていたし、それは二年生になっても変わらなかった。
けれどそういう関係から恋愛に発展することもある。むしろ互いを知らないぶん、きっかけを持てば互いの距離が恋愛対象として縮まることがある。
親しいが友人としての仲が固定してしまった関係より、まだ距離が縮まっていない関係の方が恋愛に発展しやすい場合がある。僕がそれを知ったのは、彼女と恋愛をしてからだった。
恋愛のきっかけ
彼女と話す機会が増えたのは夏頃だった。きっかけは二つあった。一つは数学の教科書を貸したこと。もう一つは共通の友人がいたこと。
ある日彼女に頼まれて教科書を貸した。たまたま数学の教科書を忘れたことに彼女が授業の直前に気がついた。そしてたまたま僕と廊下で会った。普段は物を貸し借りするほど親密な関係ではなかったから、彼女が僕に頼みごとをしたのは本当に成り行きだ。誰でもよかったのだ。僕は断る理由もなかったから教科書を彼女に貸した。僕の方も彼女だから貸したわけでもなく、たぶん誰でも貸しただろう。
しかし面倒なことに、僕は彼女に間違った教科書を貸してしまった。今の授業内容とは別の数学の教科書。表紙が似ていることと、授業が始まる直前に頼まれたこと、言われるままに動いたから彼女に対しても教科書に対しても意識が大して向いていなかったことが原因だった。
彼女は授業が始まってすぐにそれに気づいたが、手遅れだった。机の上に使えない教科書があることが余計に彼女に徒労感を与えた。
授業が終わり教科書を返してもらうとき、僕は自分のミスに気づいた。けれどやってしまったという気持ちは正直なくて、「ああ、そっか。うっかりしたな」くらいの気持ちだった。けれど彼女に迷惑をかけたのだから僕はとりあえず彼女に謝った。もちろん彼女も自分が頼んだ手前僕を責めるようなことはできず、「こっちこそ急にごめんね」と謝った。
それから僕達は物を貸し借りする仲になった。始めは「この前の貸し借りをやりなおす」感覚で彼女は教科書を借り、僕は貸した。別の日には彼女が持っていた参考書を僕が借りた。一度物を貸したぶん、頼みやすかったからだ。彼女もそうだったと思う。けれど次第に、僕は彼女に頼み事をしやすい感覚になって、彼女は僕に頼み事をしやすい感覚になった。僕達は話す機会が多くなった。
僕のクラスの女の子が彼女と仲が良かったことも、僕が彼女と話す機会となった。女の子は僕と中学が同じだった子で、それなりの友人として言葉を交わす関係だった。彼女はその子と話すために僕のクラスに来て、ついでのように僕とも話すということが日常になっていった。
急に仲が良くなって、合うためだけに互いのクラスに出入りするほど、僕も彼女も周りを見ていないわけじゃない。
だからたぶん、互いが言葉を交わすためには別の理由が必要なのだ。頼み事があったり、共通の友達がいたり。
告白
「好きな人いるの?」ある日彼女は言った。
「どうだろう」僕は言った。「あまり考えたことがないというか」
「私はいるよ」彼女は言った。
「そうなんだ」
「誰だと思う?」
「同じクラスの誰か」
「はずれ」
「同じクラスじゃない人」
「そりゃそうでしょ。同じクラスじゃないって言ってるんだから。ヒント。クラスは違うけれど、よく話すよ。今日も話してる」
「そうなんだ」
「ねえ、好きな人いないの?」
こうして僕達は付き合うことになった。
僕と彼女の距離感
僕と彼女は違うクラスだったから、いい意味で互いを知らなかったのだと思う。
僕達はクラスが違ったから別々の授業を聞き、別々のクラスメイトがいた。
彼女は話をするのが好きで、彼女がいろいろなことを話し、僕は相槌を打ちながら聞いた。僕が長々と話をする時間はなかった。少しだけ会って、彼女の話を聞き、また授業が始まる。もちろん互いのLINEは知っていたけれど、それも似たようなものだった。
そうやって僕達は互いのことを知っているようで知らない関係のまま親しくなった。
彼女が意外と束縛をするタイプだということを僕が知ったのは付き合ってからだったし、僕の私服がダサいということを彼女が知ったのも付き合ってからだった。
いずれにせよ、僕達は互いのことを知っているけれど知らないことも多い中で仲良くなった。
一緒にいる時間が長いようで短くもある中で仲良くなった。僕達にとって互いの存在は小さな非日常だった。
これがもし同じクラスだったら、こんなふうに僕と彼女の距離は縮まらなかったと思う。
他人からしたらマスクをした顔は素顔よりもイケメンや美人に見える。それと一緒だ。