妻の誕生日
来月の十六日は妻の誕生日だ。
男はそのことをふと思い出した。
結婚してずいぶん経つが、パートナーの誕生日というのはやはり大切な日だ。
男は、誕生日当日に妻に内緒でケーキを買ってくる計画を立てた。
男は事前にケーキ屋に行き、ケーキを予約した。レシートを受け取り男は財布の中に入れた。
このレシートは財布の中に入れたままにしておこう。そうしたら当日うっかりケーキを取りに行くのを忘れないで済む。男はそう考えた。
それから一週間ほどして、男は缶コーヒーを買うために会社で財布を開けた。
そのときにレシートをふいに見つけた。
危ない危ない。財布の中のレシートを最近見過ごしていた。ケーキのことをすっかり忘れていた。
財布の中に長らく入っていたレシートは、男にとってすっかり風景となっていた。
このままでは当日も財布を開けることなく忘れてしまうかもしれない。
男はオフィスに戻り、手帳に「十六日に注文したケーキを取りに行く」と書き留めた。
それから一週間ほどして、男は取引先とのスケジュールを確認しようと手帳を開いた。そして十六日の予定を思い出した。
うーん、誕生日の日、家に帰る直前に手帳を見るだろうか。
男は不安になった。確かに自分は逐一手帳を開いているタイプではない。
男はメモ紙に「十六日のケーキ」と書いて、デスクの上に置いた。これでいつでも目に入る。男は安心した。
それから一週間ほどして、問題が起きた。
十六日は上司の命令で遠方の取引先のところへ行くこととなった。その日は直帰するかもしれない。するとデスクのメモを見ない。どうするべきか男は考えた。
男は考えた結果、名刺入れにメモを入れることにした。取引先で名刺を交換するだろうから、そのときに嫌でもメモが目に入るだろう。男はそう考え、「十六日の件」と書いて名刺入れにメモ紙を入れた。
そして日が経ち十六日。
初めての取引先だったため男は緊張したが、滞りなく仕事をこなせた。
安堵しながら男は取引先から直帰する。
そして家に帰り妻に言った。
「自分で書いておいてなんだが、『十六日の件』って何か心当たりあるかな?なんのことか忘れてしまって。」