家に居るとき家の鍵をかける・かけない
在宅中の戸締り
家に居るとき、玄関の鍵をかけるか否か。
人によって考え方が分かれるところであると思う。
昔の人や地域によっては鍵をかけない人もいると思う。
しかし「在宅中でも家の鍵はかける」という価値観が現代では多く、そして増え続けていると思う。
つまり時代の流れの中で価値観が(枝分かれせず一定の方向へ)変化しているのだと思う。
「昔の人は鍵をかけない人もいるけれど、今時鍵をかけないのは不用心だ」という価値観が増えてきている。そこに「在宅中は鍵を開けておくのがおしゃれ・機能的」という価値観が入り込むことは難しいようだ。
家に居るときに鍵を開けておくリスク
外出するとき、家を留守にするときは、家の鍵を多くの人がかけると思う。
なぜなら泥棒が入ったら嫌だからだ。
では、家に居るときはどうだろう。
自分が家に居るのだから、泥棒が入ってくればすぐにわかるだろう。
いやしかし、自分が家に居るときだって泥棒が入ってきたら嫌だ。
強盗・暴行・強姦。悪い人が自分の家に入ってきたら、何をされるかわからない。
それに自分が寝ているときやトイレに入っているときは、誰が侵入したかなんてわからない。
いや、誰が侵入したかわかる状態であって、侵入しないでほしい。
もちろん、家の鍵を開けておいたからってすぐに確実に泥棒に入られるわけではない。
けれど、一度でも泥棒に入られれば、その被害と精神的なダメージは深刻だ。
家に居ようが外出しようが、自分の家の鍵をかけるのは容易い。
だったら家に居るときだって鍵をかけようじゃないか。
鍵をかけない派
世の中には、家に居るときは鍵をかけない人もいる。
これは鍵をかけるのがめんどくさいという理由だけではないと思う。
在宅中に鍵をかけない人は、「鍵」と「留守にするときにかけるもの」という結びつきが強いのだと思う。
家を留守にするときは「施錠」が家の番人となり、家に居るときは自分が家の番人となる感覚。鍵と自分が一対一対応しているのだ。だから家に居るときに鍵をかけるという感覚がなく、習慣化していない。
同居人が鍵をかけないこと
防犯の観点から言えば、在宅中でも家の鍵をかけたほうがいい。
しかしそれはある意味で、世界の個人に対するお節介であり、お節介は強制できない。
家の鍵をかけないことは個人の自由で、犯罪やトラブルに巻き込まれてもある意味で自己責任だ。
しかし、自分は在宅中に鍵をかけたいのに同居人がそうでない場合は悩ましい。
自分は防犯の観点から鍵をかけていたいのに、同居人は(私がいるから)出掛けるときに鍵を開けっぱなしにするし、帰ってきても玄関の鍵は開いたままだ。
そういうケースが世の中にはあると思う。何度「閉めて」と言っても習慣化しない。
「そういう防犯意識が薄い人はこの家から出ていってくれ」と、そこまで辛辣に言うほどのことでもないし、仮に言ったって本当に追い出せる関係性でもない。
家の鍵を閉めない人を締め出すことはできないわけだ。