ショートショート女子(3) 字が書けない子

オムニバス(ショートショート)

第2話「学校に行かない子」

第3話「字が書けない子」

 小学校一年生のアキヒロ君は、一学期の授業中に教室を飛び出した。
 教室を飛び出したのはそれが初めてで、それ以来アキヒロ君は「勉強わかんない」「頭悪いもん」「学校行きたくない」といったネガティブな言葉が目立ち始めたという。

 アキヒロ君が教室を飛び出したのは七月の上旬。ほどなくして夏休みに入る。
 とりあえずアキヒロ君が教室を飛び出したのはその一回きり。学校に行きたくないとは言っていたものの、とりあえず夏休みまでの二週間程度はしぶしぶ登校していたという。

 両親は夏休み期間中に塾をアキヒロ君に勧めたが、アキヒロ君は「嫌だ、行きたくない」の一点張りだったという。
 そんな経緯で、アキヒロ君はここに来た。

「見ない子だね。新しい子?」
 フロアのレゴブロックで遊んでいるアキヒロ君を見て、ミツキちゃんは言った。
「そうよ」
 私は言う。さすがにどんな経緯でアキヒロ君がここに来たのかは個人情報なので、ミツキちゃんには言えなかった。
 するとミツキちゃんはアキヒロ君のところへすたすたと行った。
「見ない顔だね。名前は?」
 ポケットに手を入れたまましゃがみこみ、ぶっきらぼうにアキヒロ君をのぞき込んでそう訊ねる。ミツキちゃんのその態度に、アキヒロ君は若干怖がるが、同時にここの職員じゃないと察して少し気を許したようだ。
「…… アキヒロ」アキヒロ君は言う。
「漢字は?」ミツキちゃんは言う。
「え?」
「アキヒロってどう書くの? 私はミツキ。三月って書いてミツキ。ああ、あんた何年生? 漢字まだ習ってない?」
 ミツキちゃんはそう言いながら壁に備え付けてあるホワイトボードに自分の名前を漢字で書いて、その上に読み仮名を片仮名で書く。ミツキちゃんはいつも字が雑で、「ツ」と「シ」がほとんど同じに見える。それでも「さっと書けるから」という理由で、自分の名前を平仮名ではなく片仮名で書く。
 マーカーを手渡し、アキヒロ君にも書くように促す。ミツキちゃんの雰囲気に圧倒されてか、仕方なく名前を書き始めるアキヒロ君。
「お姉ちゃん……」アキヒロ君はぽつりと話す。「字、下手」
「いや、あんたもじゃん。字を書くの下手」ミツキちゃんは言った。
 アキヒロ君が質問に答える以外のことを話したのは、初めてだと私は思った。

「あの子さぁ」
 しばらくして、私のデスクに戻ってきたミツキちゃんは、そう切り出した。
「たぶん片仮名書けてないよね。書けるやつも、すっごい思い出すの時間かかってる。でも平仮名もスラスラってわけじゃないから、自分でもわかってないだろうね。片仮名が平仮名と比べて全然書けてないって。漠然と、自分は頭悪いって思ってるんだろうね」
「だから授業を飛び出しちゃったのかな」私は言った。
「それ、私に言っていいの? 個人情報ってやつじゃない?」
 ミツキちゃんはそう言って、私は口を滑らせたことに反省する。でも私がアキヒロ君に何ができるか、その糸口は見つかった気がした。




第4話「しゃべらない子」

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