ショートショート女子(7) 時計がない子

オムニバス(ショートショート)

第6話「母がいない子②」

第7話「時計がない子」

 ノートパソコンの画面を見ながら、考え事をし、作業をする高校生のエイタ君。その内容や文字列の意味は私にはさっぱりわからないけれど、エイタ君が目の前の問題を一つずつ解決していることはいつもの調子からわかった。
「私にはさっぱりだわ」
 ミツキちゃんはエイタ君のパソコンをのぞき込み、そう言った。
「慣れだよ。やってるとわかってくる。少し動かしてみる? 素質あると思うけど」エイタ君は言う。
「私はいいや。覚え悪いし」ミツキちゃんは言う。「そういえば、時計、つけられるようになったんだ」ミツキちゃんはエイタ君の左手を見て言った。

 エイタ君はつい最近まで、腕時計をつけることができなかった。腕時計が身体に触れる感覚が、苦手だったらしい。エイタ君がそういう自分の感覚を最初に自覚したのは小学校高学年の頃だった。体育で脈拍を図る授業があった。エイタ君がうまくできず、先生が代わりにやってあげようと手を握ったとき、エイタ君は先生の手を勢いよく振りほどいた。びっくりした先生がエイタ君を見ると、エイタ君の顔は青ざめていた。
 以来、エイタ君は密かに人に触れられるのを避けるようになった。そして中学生になった頃、お父さんからおさがりの腕時計をもらったらしい。そのとき、自分が腕時計をつけると肌に触れる感覚で目まいや吐き気が起きることを自覚した。

「他人や物が肌に直接触れるのが、ダメだと思ってたんだ」エイタ君はミツキちゃんに言う。「でも洋服は大丈夫だから、素材の硬さかと思った。でも他人の手は柔らかいし、スプーンを自分で持つこともできる。だから素材は関係ないんだなって。あれこれ試してさ、結局、俺は血管に触れることがダメなんだってわかった」
「血管?」ミツキちゃんは聞く。
「腕時計のベルトが手首の脈に当たると気持ち悪くなるんだ。金属ベルトの角とかが薄い皮膚越しに手血管に当たる感覚。でもこういう、凹凸のないラバーベルトを緩く巻くぶんには平気なんだ。最近それに気づいてさ」
「あれこれ試したんだ。そんなに腕時計したかったの?」
「腕時計って便利だよ。スマホ出さなくても時間わかるし。まぁ、それは半分冗談だけど、自分のことがわかるって良くない? ちょっとずつ試して、『ああ、自分はこういう仕組みなんだ』って。プログラムと一緒だよ」
「まぁ、わからなくはないけど、プログラムに例えられるとわかんないや」

 ミツキちゃんはそう言って、いつもの椅子に座って本を読み出す。
 私はエイタ君の隣の席で二人の会話を聞きながら考える。自分を知ることの難しさと大切さ。けれどそれ以上に、自分を認めることが大切なんだと思う。エイタ君もミツキちゃんも、それができている気がする。


続く(近日公開予定)


ショートショート女子(目次とプロローグ)







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