辛さを理解してもらえないことほど辛いことはない

オムニバス(エッセイ風小説)

辛いときに「それは辛いうちに入らない」と言われるほど辛いことはない

共感されない孤独

 自分が傷ついたり辛いとき、

 それは傷つくほどのことじゃない。
 それは辛いうちに入らない。
 それは大したことじゃない。
 そんなのみんな同じだ。

 そんなふうに、

 自分が辛いときにその辛さを軽んじられたり理解してもらえないことほど、辛いことはない。

 自分の辛さを軽んじられると、まるで「もっと傷つけ」と言われているような気がする。

 そう思うと、人は自分の悲しさや辛さを周りに話せなくなる。
 一人で抱え込む辛さは、それ自体の辛さだけじゃなくて、誰にも共感してもらえない孤独な辛さが足されてしまう。

理解されない悲しさ

 自分が辛いとき、
 きっと大丈夫と励ましてもらえるときがある。

 けれどそういう励ましは、
 相手が自分のことを理解してくれているという信頼の上ではじめて成り立つ。

 信頼関係や安心感がないのに、
 大したことじゃない
 辛いうちに入らない
 みんなと同じ
 なんて言われても、人は突き放されたようにしか感じない。

 辛くていっぱいいっぱいなとき、相手が自分を「理解してくれようとしている」という信頼と安心感は何より大切だ。

寄り添うということ

 だから寄り添うということは大切なのだ。
 共感するということは大切なのだ。

 あなたの悲しみはあなただけのものではないと、
 言ってくれる存在が大切なのだ。

 だから私達は自分にとって大切な人の、痛みや悲しみや辛さに寄り添いたい。
 相手のことを、理解しようと努めたい。
 大切な人が、どのような思いをもってどのように辛いかを、最後まで聞きたい。

軽んじる人とは距離を置く

 自分が悲しいときや辛いとき、それを理解しようとせず自分の考えを押し付ける人とは距離を置こう。

 それは自分にとって都合の良い人とだけいることではない。
 世の中にはいろいろな人がいる。

 人の話を聞かず、
 人の思いを知ろうとせず、
 人の経緯を理解しようとせず、
 傷ついた心を軽んじ、
 辛さを何かと比べて、
 自分の考えを押し付ける人とは距離を置こう。

 話を聞いた上で、
 思いを汲み取った上で、
 経緯を理解した上で、
 傷ついた心に寄り添い、
 辛さについて一緒に考え、
 共感して一緒に歩いてくれる人と一緒にいよう。

 そういう人に、自分自身もなろう。

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