私が知っていると彼は知っている
私はどちらかと言えば、朝食はご飯よりパンを好む。
だから私は朝食にパンを食べることが多い。
私がパン派であると、彼は知っている。
だから彼が私の家に泊まって朝食を作ってくれるとき、彼はパンをトースターで焼いてくれる。
私がパン派であると彼が知っていると、私は知っている。
だから彼が朝食を作ってくれるとき、私は彼がパンを焼いてくれるとなんとなく思う。
私がパン派であると彼が知っていると私は知っていると、彼は知っている。
だから喧嘩をした次の朝、彼は私にご飯と味噌汁の朝食を作ってくれる。(彼は朝食はご飯派なのだ)
私がパン派であると彼が知っていると私は知っていると彼は知っていることを、私は知っている。
だから喧嘩をした次の朝ご飯と味噌汁が出てくると、彼がまだ喧嘩を引きずってるなと察する。(機嫌が悪いとき、彼は私に合わせてくれない)
私がパン派であると彼は知っている。彼が知っていると私は知っているし、そのことを彼も知っている。ということを知っている私を彼は知っている。
だから黙ってご飯と味噌汁の朝食を食べて黙って仕事に行こうとする私を見て、(謝ることも怒ることもない私に)彼は困ったようなうんざりしたような声をかける。
「昨日は悪かったよ」彼は言う。
「怒ったまま謝らないでよ」私は言う。
「怒ってないよ」彼はそう言って怒る。
「嘘。怒ってる」
「そっちだって」
「そうよ。怒ってるよ。だから黙ってるの」
「言ってくれないとわからないよ」
「怒ってるから話したくないの」
少しの沈黙が流れる。
「わかったよ」彼は言う。「ごめん。正直怒ってた。でも、話せないと仲直りもできないし、俺は話したいと思ってる。怒ってるから話したくないって気持ちもわかる。こういうとき、どうしたらいいかな? 察しが悪くてごめん」
さっきまで彼の表情はこわばっていたけれど、少しだけ柔らかくなった気がした。
「うまく気持ちの整理がついてないの。でも私だって話したいと思ってる。夕方まで待ってほしい。仕事終わって帰ってきたら、一緒に話そう?」
「うん」
「それから私、ケーキが食べたい」
「了解」
そうして私達は少しだけ笑い合う。
「行ってきます」私は言う。
「俺も洗い物したら仕事行ってくる」彼は言う。
「うん。ありがとう。行ってらっしゃい」
「昨日はごめん」
「私のほうこそ、ごめん」
そうやって私達はそれぞれ仕事に行く。
私は駅前のケーキ屋さんのケーキが好きだ。
彼はそのことを知っていて、私が今日の夕方ケーキが食べたいと彼は知っていて、そのことを私が知っていると彼は知っているから、彼は今日の夕方きっとケーキを買ってくれると私は知っていて、そんな私の期待を彼は知っている。
けれどそれは建前であると私達は知っている。
私達は仲直りがしたいと、私達は知っている。