第16話「不安が多い疑問点」
私には記憶がない。だから元の世界の生活が愛おしかったかどうかもわからない。
それでも私にとって「元の世界に帰る」は、右も左もわからないこの世界で、一つの支えというか目標だった。
ミナトが元の世界で死んだと聞いたとき、私ももう死んでるのかなと正直思った。でも、決めつけるのはまだ早いと思い直した。だからこの世界に来た、別の人に話を聞きたいと思った。けれどその人も、自分は死んだと答えた。
「この世界に来るまで別に特別な体験なんてしてねぇよ。普通に生活して高校卒業して、鳶職になって毎日働いてた。事故に遭って、死んで、次に見たのがこの世界だった。だから俺だってなんで俺がここに居るのかわからねぇ。仲間にもわからないと言われた」
大男は言う。私と違って記憶はあるが、この世界に来た経緯は大男にもわからないことが多そうだ。
「あなたは、元の世界に帰ることについてどう思う?」
私は聞く。死んでしまった人に、酷な質問だと思う。ミナトが居る前で、デリカシーのない質問だと思う。でも、私は聞いた。今は遠慮している余裕が私にはなかった。
「帰れるかどうかっつうことか?」
「えっと、うん、それも聞きたいけれど、そもそも帰りたい?」
「帰ることができるかどうかはわからねぇ。俺はそんな方法知らねぇ。帰りたいかどうかって聞かれれば、俺は正直どうでもいい。元の世界でも身体一つでやってきた。それはこっちでも変わらねぇからな。でも、俺の仲間は帰りたいと思ってる。だから帰る方法があればそれに越したことはないと思ってる」
「私達、元の世界に、生き返ることってできるのかな」
私は大男に言うが、それは別に大男への質問ではなかったのだと思う。記憶のない私は、元の世界に帰りたいかどうかもわからない。でも、私が私の世界で死んでしまったということを受け入れるのは、簡単ではなかった。
「はぁ? お前記憶ないんだろ? なんで死んだって決めつけるんだよ」大男は言った。
「え?」
「別にこの世界に来た奴がみんな元の世界で死んだとは限らねぇだろ。実際、俺の仲間は別に死んでないのにこっちの世界に来た」
気落ちしている私に、大男は予想しないタイミングでそんなことを教えてくれる。
やっぱり決めつけるのは良くないと、私は思った。
続く(近日公開予定)