似ている言葉の違い
未だに(いまだに)・今だに
「未だに」とは「今になってもなお」といった意味である。
「今だに」と書くのは現代においては誤りとされる。
「いまだに」という言葉を、馴染み深い漢字である「今」を使って書いてしまう人もいるかもしれない。しかし表記としては「未だに」が正しい。
以下、似ている言葉とその違いをいくつか挙げていく。
似ている言葉の一覧(五十音順)
一時間弱・一時間強・小一時間
「一時間弱」とは、一時間よりも少し短い時間のことである。
感覚的には50分とか55分くらいであろうか。
「一時間強」とは、一時間より少し長い時間のことである。
感覚的には、1時間5分とか1時間10分などだろう。
「小一時間」とは、一時間弱と同じである。
一時間よりも少し短い時間を指す。
このように、「弱」と「強」はその量より「少し少ない」「少し多い」を表していると言える。
うろ覚え・うる覚え
「うろ覚え」とは不確かな記憶、ぼんやりと覚えていることを指す言葉である。
「うる覚え」は方言として用いられるケースもあるが、標準語の観点から言えば誤りである。
「うろ覚え」と「うる覚え」自体、音が似ていたどちらが正しいか紛らわしくうろ覚えになりがちだ。
覚え方としては空洞を表す「うろ(洞)」が伴う、つまり中身の伴っていない記憶と考えるといいかもしれない。
おざなり・なおざり
「おざなり」も「なおざり」もどちらも「いい加減な対応」といった意味である。
(この場合の「いい加減」とは「雑である・誠意がない」ということだ。「ほどよい塩梅(あんばい)である」という意味ではない。)
その中でも両者の違いを考えると、
「おざなり」は「いい加減な対応をした」、
「なおざり」は「いい加減で対応していない」といった意味となるだろう。
例えば「勉強がおざなりになった」は「雑で効果的でない勉強をした」といった意味であり、「勉強がなおざりになった」は「他のことに夢中で勉強をしていない」といった意味となるだろう。
感慨深い・考え深い
感慨深い(かんがいぶかい)と考え深い(かんがえぶかい)。
感慨深いとは、心に深くしみるように感じることである。
考え深いとは、深く考えさせられる、改めて考えさせられるといった意味合いであろう。
どちらも間違いではないが、「感慨深い」を音的に勘違いして「考え深い」と言っている人もいるかもしれない。
あるいは、自分としてはわかってて「考え深い」と言っても、他者から「あの人は『感慨深い』を間違えて『考え深い』と言っているな」誤解されるかもしれない。
このため、「考え深い」ではなく「改めて考えさせられる」や「興味深い考えだ」などの表現が無難かもしれない。
後日譚(ごじつたん)・後日談(ごじつだん)
「後日譚」と「後日談」はおおむね同じ意味であり、「その後の話」といった意味である。
より細かく違いを考える場合は、「後日譚」はよりまとまった物語、「後日談」は例えば口頭で語られるような簡単な話といったニュアンスがあるだろう。
誤用(ごよう)・誤謬(ごびゅう)
「誤用」とは「誤った使い方」といった意味の言葉である。
「誤謬」という言葉も誤りを示すが、ニュアンスとしては「誤った理論・考え」といった意味があるかもしれない。
誤用は日常的な言葉であると思えるが、誤謬はあまり日常では聞かない言葉ではないだろうか。
誤謬は主に正式な文書や論文などで使う場合があるかもしれない。
御用達(ごようたし・ごようたつ・ごようたち)
「御用達」は「ごようたし」と読む。「ごようたつ」でも間違いではない。
「ごようたち」とは言わないだろう。
元々は「官庁などへ物を納める」ことを指す言葉である御用達。
日常的には「芸能人の御用達」など、「すごい人に気に入られている」といったニュアンスで使われることが多い。
至極当然(しごくとうぜん)・すごく当然
「至極当然」とは極めて当たり前ということである。
「すごく当然」とはとてもそうであるといった意味である。
「非常にそうである」といったニュアンスを表現する上では「至極当然」を用いるのが一般的だ。
「すごく当然」も言葉として間違いではないが、「至極当然」の音的な勘違いが可能性として考えられる。
推察(すいさつ)・推測(すいそく)
推察(すいさつ)は他者の心情や事情を考えることだ。
推測(すいそく)とは物事を客観的に考えることである。
つまり推察は人の内面に対して考えることで、推測は物事を考えることだ。
責任転嫁(せきにんてんか)・責任転換(せきにんてんかん)
「責任転嫁」が正しい表現であり、「責任転換」は責任転嫁を音的に勘違いした誤りと言えるだろう。
「責任」とはその結果による不利益を引き受けることである。
「転嫁」とは他人に何かを擦り付けること、あるいは再婚などを指す。
責任転嫁とは自分の責任を他人に擦り付けることである。
転嫁という言葉は日常生活ではあまり馴染みがないかもしれない。「点火」という火をつける意味とも紛らわしい。
また責任を動かすという意図で「転換」というのもイメージしやすいかもしれない。
こういった要因から、責任転嫁を責任転換としてしまう誤りがしばしば見られる。
前日譚(ぜんじつたん)・前日談(ごじつだん)
「前日譚」と「前日談」はおおむね同じ意味であり、「その前の話」といった意味である。
より細かく違いを考える場合は、「前日譚」はよりまとまった物語、「前日談」は例えば口頭で語られるような簡単な話といったニュアンスがあるだろう。
大分(だいぶ・だいぶん)
「だいぶ」も「だいぶん」も同じ意味であり、どちらも間違ってはいない。
漢字では「大分」と書く。
「だいぶ」とは物事の程度が進んだ状態を指す言葉だ。
(例「だいぶ夏休みの宿題が終わった」)
漢字で「大分」と書くからか、「だいぶん」と言う場合もありこれも間違いではない。おそらく音的な慣習だろう。
ちなみに「大分」と漢字で書くと九州地方の「大分(おおいた)」と表記が被りややこしく感じる人もいる。このためあえて平仮名で「だいぶ」「だいぶん」と書くケースも見られる。
ティーバッグ・ティーバック・ティーパック
「ティーバッグ(tea bag)」は茶葉が不織布に入っていて紅茶を一杯ずつ入れることができる物である。
「ティーバック(T-back)」は臀部(尻)の露出が特徴的な下着ないし水着である。
「ティーパック」は誤用あるいは「ティーバッグ」の類似した表現であり、間違いではないが正確には「ティーバッグ」であると考えられる。